2007 年
3 月
29 日
カテゴリ:活動報告
お見舞い申し上げます
〜能登半島地震の被災者の皆さまへ〜
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25日午前9時42分頃、能登半島で起きた大きな地震によって様々な被害に遭われた皆さまには、心よりお見舞い申し上げます。また、一日でも早くもとの生活を取り戻すことができますよう、お祈り申し上げます。国や県においては、最善の対応を図ることを求めるものです。
実は、夫の両親が石川県金沢市の出身で、今でも叔父叔母、いとこたちが金沢市内に住んでいるため、詳しい情報がわかるまでは大変心配しました。夫は金沢の叔父のところに、私は富山市内に住む友人のところに電話をかけ、それぞれ無事が確認できてホッとしたのでした。金沢市内は震度3程度だったそうで、叔父たちには特に被害はなかったようでしたが、富山の友人のところは、お母様が住む堤町通りの家で高いところにあった物がガラステーブルに落下し、ガラステーブルが粉々に割れるという被害が出たと聞きました。幸い近くにいなかったのでガラスの破片で怪我することもなく済んだとのことでしたが、やはり地震は侮れないものだと思いました。振り返って我が家の地震対策は…というと、不安定な家具は突っ張り式の固定具などで対応しているものの、狭さゆえ高度利用せざるを得ないので、危険がいっぱいかもしれません。
いつかは起こると言われている首都圏の大地震。過去の大地震の被害に見舞われた方には申し訳なく大変失礼な話で恐縮ですが、あえて申し上げれば、それでもこれまで、自分のこととしてはどこかリアリティを持ちきれないでいた面があったように思います。もう何十年も「いつか来る」と言われ続けていることで、麻痺しているという言い方もできるかもしれませんが。ところが、親戚が…友人が…というそのことによって、にわかにリアリティが増したように思いました。 個人的な関わりのない抽象的な「誰か」よりも、時間や空間を共有した関係性を持つ「あの人」だから、より感じ方や受け止め方も違ってくる。だとすれば、例えば未だ続く戦渦の中で理不尽にいのちを奪われてゆく人のことや、狭い道路を運転しながらすれ違う歩行者のことなど、いろいろな状況に置かれている人たちのことを自分の家族、親戚、親しい友人だと想像してみる。その時自分はどのように行動するだろうかと想像してみる。ジョン・レノンの「イマジン」みたい…。 能登半島地震から5日、そんなことを考えています。
<写真> 市内で見かけた時計。雨よけに可愛らしい子ども用の傘が添えられており、目を引きました。子どもたちが通学時をはじめ何かと利用する通路なので、この時計が立つ敷地にお住まいの方の配慮ではないかと思います。
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