任期満了です PartⅡ

機関委任事務を知らない世代として

福生でおこなわれたPeace Walkに参加した時の様子。イラク戦争反対のデモです。いろいろな方が参加しました。「NO WAR せんそうはんたい」のカラフルな横断幕は青梅・生活者ネットワークの仲間が手づくりしたものです。東青梅駅から河辺駅まで、Peace Walkしたこともあるんですよ。
福生でおこなわれたPeace Walkに参加した時の様子。イラク戦争反対のデモです。いろいろな方が参加しました。「NO WAR せんそうはんたい」のカラフルな横断幕は青梅・生活者ネットワークの仲間が手づくりしたものです。東青梅駅から河辺駅まで、Peace Walkしたこともあるんですよ。
 思えば、議員として活動をスタートした時から、機関委任事務が存在しなくなった行政(自治体)と向き合ってきたのでした。しかし、法の解釈や立法機能という点において、議会の役割を充分に発揮できたかといえば、課題が多く残りました。
 今でこそ、住民基本台帳法自体が改正されたことで、市民の個人情報(基本4情報)の閲覧が制限されましたが、青梅市議会では法改正に先立って、市民の個人情報の悪用防止の観点から新しく閲覧を規制する条例をつくるべく準備をし、上程までこぎつけたことがありました。しかし、超政治的事情から葬られた経緯があります。この時ほど、議会内の「数の力」が市民のために健全に発揮されなかったことに怒りを覚えたことはありませんでした。(ここからはあくまでも想像ですが、私が先にこの問題で一般質問をしていたことが一つの要因だったかもしれません。)
 
 多数決がそのまま民主主義ということではありませんが、議論を尽くして「数」で決着をつけるのと、議論をすっ飛ばした上に、「数」が市民のためでなく政治的パワーゲームに利用されてしまうのとでは、全然意味が違います。

 当時に比べれば、私の3期目の議会の状況は本当に大きく変わりました。正式な枠組みの中で改革の議論ができたことはもとより、私が委員長を務めた厚生委員会では、参考人から意見を聴取したのち、市単費の障がい者への給付金削減案に修正をかけて可決しました。本会議場では、否決という選択をされた議員もいましたが、市全体の財政運営を俯瞰した中で、委員会としてかつてないほど議論した末の対応でした。

 おまけで、こんなエピソードもご紹介しておきます。
 私の、とある一般質問件名について、超先輩議員(当時9期目だったかな)から「ちょっと待った!」がかかり、議運でひと悶着ありました。議運が何度も休憩になり、私は議長室に呼ばれて、「質問を取り下げるか、件名を変更するように」と正副議長から相談されたのでした。私は「何も問題はないはずです」と繰り返しましたが、何度か呼ばれるうちにだんだん面倒になってきて、「件名こそ変更に応じるけれど、質問は予定通りの内容でやっちゃうもんね」と、内心思い始めたりもしていました。
 しかし、それと同時に、休憩時間をつかって調査をかけ、指摘されたことは法的な根拠が何もないことを確認。同じ会派で議運の委員に選任されていた木下議員もいろいろとご尽力下さり、議運で木下議員から「法的根拠がない」ことを発言していただいたことで、私の一般質問の通告内容は、そのまま了承されたのでした。
 議運で「こんなことは議会の常識だ!」と怒鳴った超先輩議員。木下議員と二人して「すみません、その議会の常識ってよくわからないのでどういうことか教えて下さい」って、わざわざ聞きに行きましたっけ…。

 さて、この改選によって、新しい議会を私たちは持ちました。宿題となっている「議会基本条例」の制定のゆくえ、予算・決算の常任委員会化による審査の充実度合いなど、これからは、一市民として注目していきたいと思っています。

 ヤジられると、余計に議論に燃えた自分が懐かしくて。(笑)
 ヤジは、(内容によりますが)決して気分のいいものではありません。でも、かばってくれたり、応援のヤジを飛ばしてくれる仲間がいたからそれほど苦になりませんでしたし、前述の超先輩議員からも「大事なことだからちゃんと答えろよー」と援護射撃していただいたこともあるのです。

 議会で議論を尽くすためには、自分だけが正しいという構えではダメだということを学びました。多様な市民の声を代表して集まっている議会ですから、自分だけが正義なのではなく「こういう考え方もある」「そういう見方もある」といったん受け止める能力が必要です。そして、自分が間違っていたらきちんと公の機会にその間違いを自ら正すことも、市民への責任として大事なことです。それができない議員は、信用してはいけないとさえ思います。議会の会議録からこそ、本当の議会の姿が読み取れます。そこには、脚色のない議論の経過が記録されています。